みなみおおの研究室
ドキュメンテーションを活かした 保育のありかた
―南大野幼稚園の実践を通して―
1.背景
子どもの遊びは、言うまでもなく園での一斉活動も自由遊びも有機的につながり拡がる、一人ひとりの子どもにとって意味のある活動です。しかし私たち保育者はどのくらいその遊びの繋がりを捉えて、日々の遊びの環境構成を整えることができているのでしょうか。
以前から南大野幼稚園では、子どもの遊びを拡げたいと考えコーナー保育を取り入れてきました。 楽器遊びに活用できそうな素材や折り紙・廃材などを用意し、場所を設定してきましたが、遊びが拡がることは少なく、その時だけの遊びで終わってしまうことがほとんどでした。それは私たちが子どもたちの興味・関心を捉えきれていないことが原因ではないかと悩んできました。保育者が、一生懸命考え設定したとしても、それが子どもにとって良い環境構成になっていないケースを経験し、悔しい思いをしてきた保育者は、私たちだけではないと思います。

そこで、私たちは子どもたちの遊びを捉える記録に着目して考え始めました。今までの記録は、図1に示しているように子どもたちの名前が一覧にして書いてあるA4用紙に、その子どもが今日どんなことをしていたかを記録していくという様式をとっていました。それは毎日、全員の記録を書かなければならないものではなく、保育者が何か気になることがあったりすると書き込むぐらいでした。その記録を1週間経った頃にページをめくりながら振り返り、記入の少なかった名前の子どもを翌週、気を付けながら過ごすといった保育者の反省も兼ねた記録でした。しかし、私たちが子どもたちの遊びを改めて捉えなおそうしたときに手に取った本の中で大宮勇雄(2006)は学びの構えとして次のように述べていました。「子どもたちは遊びを通して①関心を持つ②熱中する③困難ややったことがないことに立ち向かう④他者とコミュニケーションを図る⑤自ら責任を担っている」といった子どもを見る視点が書いてありました。そのことを踏まえて改めて以前から行っていた記録の取り方を振り返ってみると、その子が誰と何をして遊んでいたか、喧嘩・ケガなどの記録が多く、どんなことに興味や関心を持っていたのかという子どもの内面を読み取るような記述はほとんどありませんでした。
そこで、私たちは様々な事例を見たり、文献を参考に園内で検討していきました。その中で、中坪史典(2012)は「ラーニング・ストーリーは、子どもたちの育ちや経験を写真や文章などの見える形で記録するものです。見える形で記録される(=可視化される)ことによって、記録する保育者ばかりでなく、保護者や子どもにとってもメリットがある方法です。ラーニング・ストーリーの作成を通して、保育者はより注意深く子どもを観察したり、子どものことばを聴いたりするようになります。すると、それまで理解できなかった子どもの気持ちや行動の理由がわかり、以前とは違った子どもの姿が見えてくるようになります。」と述べていました。そこで私たちはこのラーニング・ストーリーの考えを参考にしながら試行錯誤を始めました。
2.三種のドキュメンテーションの取り方
子どもたちのラーニング・ストーリーを見つけるために、以前から参考にしていたレッジョ・エミリア市が実践しているドキュメンテーションの手法を下敷きにしていくことにしました。 マーガレット・カー(2013)は、可視化されたドキュメンテーションを活かし、
4つのD
学びをとらえること【Describing】
記録づくり【Documenting】
話し合うこと【Discussing】
次にどうするか判断すること【Deciding】
が必要だと述べていました。そこで我々は、ドキュメンテーション【Documenting】を作ることで保育者が子ども達の学びをとらえ【Describing】、ドキュメンテーションを作りながら保育者が話し合い【Discussing】、その後の遊びの環境構成や言葉がけを判断する【Deciding】ことが出来るのではないかと考えたのです。
そして図2のような三種のドキュメンテーションを作り始めることにしました。

2-Ⅰ.「4つのD」を基に可視化した活動ドキュメンテーション
参考にしたレッジョ・エミリアのドキュメンテーションは、子どもたちがどの様なものに関心があるのか、またその関心はどのように変化していったのかを細かく記録していき、子どもの様子がとても分かりやすいものでした。しかし、クラスの子どもたち一人一人に寄り添っていたいけれども、その興味が次に向くまでじっくり隣でカメラを向けながら待つことに難しさを感じました。そこで、個人に焦点をあてるのではなく、今日クラスで行われていた様子や拡がりに目を向けた、今日の活動をドキュメントした記録を作り始め、次に示す図3のようなドキュメンテーションが出来上がりました。

保育者は、今日何をしたかではなく4つのDの視点を意識し写真を撮り、その撮った写真を見ることでその時の様子を思い出すことができ、より子どもたちの様子を深く知ることが出来てきました。 しかし、記録として使用するには、写真だけでは後で振り返った時に子どもたちがその時に考えたり感じたりしたことが伝わらないと考えました。そこで南大野幼稚園では、その活動を通して子どもたちが発した言葉を図3-㋐のように青い吹き出しを使って記入しました。また、この活動の意図やねらいが保護者や保育者間で共有できるように図3-㋑のように写真の上に記入する工夫をしました。
このようなA4版1枚のものを学年ごとにクリップに留めて幼稚園の玄関に設置し、保護者にも自由に見られるようにしました。次の日には保護者はもちろん、子どもたちも昨日していた自分の活動を興味深く見る姿がありました。

2-Ⅱ.プロジェクトマップ


保育者間の共有や保護者・子どもとの共有に適した活動ドキュメンテーションですが、図3の形式でだと日々の記録はとれるけれども、その活動ドキュメンテーションの中の1つの活動が1週間あるいは1か月後にどのように展開していったか、あるいは他の日におこなったどの活動がどのように関連していったか捉えるということが難しいということに気が付きました。1つの遊びに焦点をあてながら、その子どもたちが決めたテーマがどのように関連付けられながら発展したり展開したことを記録することに図4はとても優れていると感じました。そこでレッジョ・エミリアで行われているようなプロジェクト活動を記録していく方法を参考にして遊びの航跡図化(プロジェクトマップ)していくことも併せておこなっていきました。
子どもたちの遊びは毎日継続するものもあれば3日後にもう一度盛り上がったり忘れたころに急に遊び始めたりすることがあります。図4に示したようにAからBの関連した遊びになるまでに1週間かかるときもあれば、AからCへの関連された遊びへは1年かかる場合もあります。またDの遊びのように3日ほどでその遊びを終えてしまうこともあります。毎日このマップを作っていくのではなく1ヶ月に1回あるいは2カ月に1回に図3で示した活動ドキュメンテーションを1ヶ月分並べ、その中の活動相互の関係を図5に示すようなマップに表してみました。 こうすることによって、数週間あるいは1ヶ月・2か月といった長いスパンで子どもの遊びがどの方向にどのように発展していったか、あるいは日々おこなっていた活動の関連を見ることができるようになっていきました。
2-Ⅲ.ポートフォリオ
2-Ⅰと2-Ⅱの方法を組み合わせることによって子どもたちの日々の遊びの様子やそれが長期的にどのように展開するか、あるいは関連付けられていくかということが見て取れるようになってきました。 子どもたちの興味や思考が関連付けられ発展していく様子を1人ひとりの子どもに焦点をあてて、さらに記録を作ってみることにしました。 そのために図6に示すような個人記録を作ってみることにしました。私たちはこれをポートフォリオと呼んでいます。


このように3種類もの記録を作っていくことは忙しい日々の中で難しいと感じる方もいるかもしれません。 しかし、2-Ⅰの活動ドキュメンテーションを作る過程でたくさんの写真をデジタル化して保存してあるので、それを活用して個人のポートフォリオを作ることはそれほど時間を要するものではありません。また多量の写真の中からどの写真を選んでいいかは図5のマップを見ることで見つけることもできます。それは、マップによって子どもたちの興味や関心がどういった方向に発展し関連付けられていったのかがわかるので、それを参考にして活動の写真を選んでいくとこができるからです。 また、このポートフォリオには図6-1に示したように右下に保護者にも記入してもらえる欄も設けました。そのことによってポートフォリオに示された写真の活動に関連した遊びや発言についての家庭での様子を記入してもらうことができます。そのことによって保育者は幼稚園で展開された遊びが、さらに家庭でどのように発展・展開され、幼稚園に関連付けられた遊びとして戻ってきたのかを知ることができます。
3.保育者の変化

三種のドキュメンテーションを実践する中で、改めて子どもたちの遊びに目を向けていく大切さを感じました。そして私たちは、その三種のドキュメンテーションを通して遊びの関連を捉えていくと、子どもたちの遊びの中にある、たくさんの楽しさや面白さに気づき始めました。そして、そのことから私たちは、『共有する』ということが大切だということに気づきました。活動ドキュメンテーションを作成するにあたり、その日1日の活動について学年主任と担任保育者がお茶やお菓子を食べながら話し合うことを大切にしています。放課後のこの時間を通して、保育者間で子どもの活動を共有化し、明日の環境設定に大いに役立つようになってきました。また、各学年の保育者たちが子どもたちの遊びについて毎日話し合うという経験を繰り返すことで保育者同士の関係もより身近に感じられるようになりました。すると、遊びの関連性を見つけるだけでなく、職員会議の仕方も変わってきました。それまでの職員会議は、事務連絡のようなものであったり、限られた保育者が意見を述べて終わってしまうようなものでした。それが活動ドキュメンテーションを毎日作成し、共有化していくことで、会議でも保育者も自分の想いを伝えていくようになり、子どもの遊びや環境についての話が広がる会議に変わっていきました。そのような話し合いを進めていくことで、子どもの遊びが拡がるような保育を作りたいと感じるようになり、私たちは南大野型プロジェクト保育と呼んでいる活動を行うようになっていきました。保育者がテーマを決めてそれに沿い“みんなで一緒に”行う活動だけではなく、子どもの遊びが子どもたちの興味や関心から拡がる活動も必要だと考えました。 例えば段ボールを見つけておもむろに丸を切り出すと・・・ピザにしよう!と“ピザづくり”がスタートする。するといつの間にか販売する子が現れて“お店屋さんごっこ”へつながっていく。お店の準備をしている子がピザの枚数が足りないことに気づき、“子ども警察”が現れる・・・。

このように、子ども達の遊びを改めて見つめ、子どもの声に耳を傾けていくと図7のプロジェクトマップのように、1つの遊びが、どんどんと拡がりを見せ、それぞれの子どもがピザ遊びを中心に発展させていくことに気が付きました。もともとピザ遊びは一斉保育でおこなった絵の具遊びの延長から始まり拡がりました。一斉保育でおこなった活動をそこで終わらせるのではなく、子どもたちがいつでも手に取れる環境を構成したことで広がり始めたのです。そのことによって、1の背景で述べたような、悩んでいたコーナー遊びと一斉活動の関係や、さらにその後の遊びの発展や関連性を見つけることができるようになりました。 三種のドキュメンテーションの作成を通して、少しずつ保育者の考え方も変わっていきました。
4.そして、遊びの変化
三種のドキュメンテーションを通して、子どもたちの声に耳を傾け、聞き逃さないように、生活をしていくことの大切さを再確認しました。保育者の指導で「やってみよう」ではなく、「あ!そうだ!!」と子どもたちが気づくまで保育者が待つことの大切さを知っていったことで遊びが変化し、次のような遊びが展開され始めました。
遊び① 家づくり
幼稚園内には、近隣の木材センターからもらった、薪にするための木材が置いてあります。今まではその木を気にとめる子どもはいませんでした。
「この木使っていいの?」
「もちろん!」
2~3人の子どもたちが木に気が付き興味を持ち始めました。
「この長い木をくっつけていったら時計みたいになるね」

教室の壁にある四角い時計を指さしながら話し始めました。
「せんせい!釘とトンカチ貸して!!」
初めは保育者と一緒に釘を打ち始め1日が終わるころにはだいぶ上手になっていました。
「明日もここに集合ね!!」
次の日が終わるころには、2~3人だった子どもが10人ほどになっていました。
「僕、昨日教えてもらったから教えてあげる!」
子どもたち同士が伝えあい釘を打ち始めると
「あれ?誰か重ねて打っちゃった。」
と重ねられた木を見て
「ねぇ!これ積み木みたいに重ねていったら家になるんじゃない?!」
こうして家づくりがスタートしていきました。
毎日毎日、同じ場所に集まり、ひたすら木を重ねて打ち始めます。2~3人だった子どもたちは、いつしか20人ほどの大きな輪になり、いつの間にかクラスの子どもたちがみんな集まっていました。
「最後は堅いから僕が打ってあげる!」
「うん!じゃあ次の釘を打ってるね!!」

誰かに言われたわけでもなく自分たちで役割を決めながら進め始めていました。 こうして窓を作り始める子やドアを作り始める子、家の装飾にこだわる子と家づくりを通して様々な遊びが生まれていきました。
子どもの声に耳を傾け、活動ドキュメンテーションを作成しながら、子どもたちの遊びの広がりが見えてきたときに次の環境構成を行いました。子どもたちの興味や関心はどこにあるのかをみんなで話し合い、環境を構成していくことで家づくりの周りは1つのコーナーとして遊びが展開されていきました。
また、こちらが意図したわけではないけれども、子どもたち自身が活動ドキュメンテーションを活用する場面も見えてきました。
遊び② 梅
5月初旬の朝、Aくんが梅の実をギュッと握りしめて登園して来ました。この子どもたちは、年中時に保育者が梅を見つけ梅ジュースを作る経験をし、進級しました。
「先生!幼稚園来るときに拾ったの!!」
「もう梅が出来ているんだね。」
そんな朝のやり取りを聞き着替えをしているBくんが興味を示し近寄ってくる。
「この梅、年中さんの時にみんなで作ったジュースのやつ?」
「そうだね。」
保育者の返答を聞き、子どもたちは園庭に走り出す。
「先生!この木だ!!」
梅の木にいる子どもたちを見て他の子どもたちも梅の木の周りに集まり始めた。
保育者は『しめた!』と思い、話を始める。
「梅、こんな大きさだった?もっと大きかった?」
子どもたちは持っている梅や木になっている梅を何度も見合わせ、何かに気づいた。
「そうだ!年中さんの時にさ、作った時のドキュメンテーションに梅の大きさがうつっているかも!」
とドキュメンテーションの場所へみんなで走って向かう。 ドキュメンテーションを囲んでみんなで梅の大きさをみると、まだ小さいことに気づく。
「この前は6月にやっているんだね」
「きっともっと大きくなるね!」・・・
そんな話し合いを経て、子どもたちは毎日、梅ジュースを楽しみに梅の木を眺める日々を過ごしていました。
こうして、子どもたちも、三種のドキュメンテーションを通して遊びを拡げていっています。

5.まとめと考察
いざドキュメンテーションを作り始めようと思っても、すぐに保育者全員がドキュメンテーションを作成していくことは正直大変でした。
しかし、難しいのは、保育者が子どもの遊びを捉えていないからではなく、その日、その時に何気なく子どもたちへ投げかけている言葉やまなざし、環境の構成が、子どもたちの内面に添って行われていることだと保育者自身が気づいていないからではないでしょうか。
そこで、まずは一人の主任が活動ドキュメンテーションの作成を始めました。子どもたちが話している言葉に耳を傾けたり、保育者が何気なく話している言葉を拾ったりしながら、ドキュメンテーションを作成し、そのドキュメンテーションを保育者同士が見合ったりすることで自分の保育を振り返り、少しずつ自分の保育を意識し始めました。保育者自身が何気なくしていたことを意識していくことで子どもの遊びを深く理解することができるようになってきました。そのころから全員の保育者が関わると、図3のような活動ドキュメンテーションが出来上がりました。
また、三種のドキュメンテーションを行ってきたことで、図8で示したようなことが、わかり始めました。三種のドキュメンテーションを通して、保育者同士の共通理解につながり、みんなが共通の想いをもって子どもたちを見守ることができるようになり職員同士の仲も深まったように感じています。そして、保護者と保育者間で情報を共有していくことは園への理解を深めてきました。また、1で悩んでいたコーナー遊びと一斉保育のあり方も、少し解消することができるようになりました。それは、コーナーというのは、ただ場所を設定するということではなかったのです。子どもたちがこだわって追及している遊びは部屋の四隅や、保育者が設定した場所だけでなく、園全体に子どもの数だけ散りばめられていくということです。散りばめられているからこそ関連の構造を見ることができるプロジェクトマップや子どもたちの興味や関心を記録する活動ドキュメンテーションやポートフォリオが鍵となると確信しました。

参考文献
・大宮勇雄(2006),保育の質を高める,ひとなる書房
・Margaret Carr(2013),保育の場で子どもの学びをアセスメントする,ひとなる書房
・中坪史典編(2012)『子ども理解のメソドロジー』,ナカニシヤ出版